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胎内記憶・出生記憶


この度、横浜の池川クリニックの池川明先生(胎内記憶・出生記憶をご研究でいらっしゃいます)とのご縁を頂き、胎内記憶・出生記憶の重要性を見なおす機会を与えていただきました。
胎児期や、出生の体験がその後の人生に少なからず影響を与えているという事が、催眠状態のクライアントさんの口から語られます。これから母や父となる方々に知っていただけたら、と思います。池川先生に感謝です!
1.私の息子の場合


 これは、私が子育て中にノートに書きとめていたものです。私は、息子が生まれたばかりの頃から、いろいろ話しかける事をしていました。ついつい「どうせ子供だからわからない」と思いがちですが、私は、『日本語』はまだ理解できなくとも、私が言わんとしている事の『思い』は必ず通じていると信じていたのです。

 例えば、お着替えをさせる時でも、無言でするのではなく 「さぁ、お着替えしましょうね、ボタンをはずして・・右手を最初に通そうね。次は左手だよ」 とか、お散歩の時も 「Yくん、とってもお空が綺麗ね。 見て見て、あんな所にお花が咲いているよ。 香りをかいでみようか」 なんていうように。 傍を通りかかった人は、怪しげなまなざしで通りすぎていくのが常でした・・・。

ある夜のこと、コンビニへの買物の途中の住宅街、あまりの綺麗な星空に見惚れて赤ちゃんの息子を抱きながらしゃがみ込み、夜空を見つめて 「見て見て、スゴイ星空だね!あれはね・・・・」 といつものようにやっていたら、知り合いが通りかかり 「なんだ〜、KEIKOさんじゃない!!スゴイ怪しい子連れがいる!って思っちゃった!」と言われた事もあったり・・・《冷や汗》

 そのせいか(?)、言葉の覚えも早く、理解力も高かったようです。
これからご紹介しますのは、私の日記からの抜粋です。何気ない子供との会話の中からドッキっとするような事が飛び出してきます。
でも、妊娠中の出来事や出産時の事などは、話して聞かせた事は皆無でした。
2歳半  4月5日
夜、電気を消して、お布団の中で話をしていた。この日、私は妙に素直な気持ちになり、妊娠中のことを反省し話しをしてみる気持ちになった。

「Yくん、ママね、Yくんがママのお腹に来てくれた時、とっても嬉しくて毎日感謝してたの。毎日がとても楽しかったんだよ。」そう言いながら涙が出てきた。すると、Yくんはとても真面目な顔をして、
「ママとYはつながってたね。Yのおへそのところにピュ−って蛇さんがあったの、パパがこうやってパチンって切ったでしょう」といいながら指をハサミのようにしながらチョキンした。私は背筋がぞっとしたが、気を落ち着け、さらに聞いてみた。(へその緒を切ったのは主人です。)
「パパがチョキンした時痛かった?」
「ううん、痛くなかった」
「ママ、Yくんがお腹にいた時、おばあちゃんやパパとケンカしてゴメンね。Yくん嫌だったよね。」
「Y悲しかった。ママ、ケンカしちゃダメだね。ママ怒っちゃダメだよ」
「そうだね、本当にそうだね。Yくんゴメンね。Yくんお腹にいた時、パパとママの声聞こえた?」
「プクちゃんて、Yの事でしょ?」
事実、お腹にいた頃のYのニックネームは『プクちゃん』でした!!!

「ママのお腹から出てくる時、どうやって出て来てきたの?」
「シューって出てきたの。シューって出てきたの」 これは意味がわからなかった。
「出てくる時、どこか痛いところあった?」
「うん、ここ痛かった」 と言って頭(特に後頭部?)を指す。
「そうか、痛かったの。ママもっと頑張ってあげられなくってゴメンね。でも、Yくんは一人で頑張って生まれて来てくれたよね。ありがとう。ママ嬉しかったよ。」

私の出産は32時間という難産だった。でも、自然に生む事を希望し、陣痛促進剤などの使用を希望していなかったため、気の遠くなるようなお産だった!!(これから出産なさる方、脅かすようでゴメンナサイ!でも不思議。痛みって、赤ちゃんが生まれたとたんになくなるのです!)
2歳半 4月7日
夜お布団の中で

「Yくん、生まれる前はどこにいたの?」
「キキちゃんのお腹にいたの」 当時私は妊娠中で、お腹の中の子を『キキちゃん』と呼んでいました。(要するに、キキちゃんがいるお腹⇒ママのお腹と言う意味にとりました。)
「お腹の中で何して遊んでたの?
「オモチャで遊んでたの。」
「何のオモチャ?」
「・・・・・・・・・・」
「あとは何して遊んでたの?」
「ピョン、ピョン、ピョンて、ママのお腹蹴っ飛ばして遊んでたの」 と言いながらお布団の中で両足で蹴っ飛ばしてみせる。事実、とてもよく蹴っ飛ばす子で、痛いくらいだった。お腹が三角に突き出して、それがグリグリと動いたりという毎日でした。
「そうだね、ママYくんが蹴っ飛ばすたびにとっても嬉しかったんだよ。とっても楽しかったの。」
「Y、お腹に行きたいな〜。またお腹に行きた〜いの。」
「ママのお腹好きなのね、ありがとう。ママのお腹の中、暗かった?明るかった?」
「暗かった、寒かった」
「そう、ママが悪かったね、寒かったんだね」
「ここ痛かったの」と言って頭をなでる。
「そう、どうして痛かったのかな?」
「ドシンってしたの。シュ〜ッてして、ドシン、ゴツンってしたの。」何度聞いても同じだった。

この会話でピンときたことがある。 先日の頭が痛かったという話しは、産道を通る時の痛みだとばかり思っていた。 出産が32時間という長さだったので、苦しかったんだなと思っていた。 でも、この会話でピンときたのは、Yくんを産んだ時のスタイル。
私は立ち膝で産んだのだが(アクティブバース・・・自分の好きな、楽なスタイルで産む)その時ベッドに頭を打ちつけてしまったのではないか。助産婦さんも後日そう言っていたので間違いない。そう考えると「シューって出てきたの」という言葉も納得がいくなぁ・・・。主人にも確認したが「そうだった気がする」との事。

4月5日の記録の中にありますように、私は息子を妊娠中、母との問題を抱えていました。トマス・バーニー博士の『胎児は見ている』他、胎児期の記憶に関する本を何冊か読んでいた私は、母との問題で悩む私の心が胎児に悪影響を与えはしないか・・・と心配でした。
このような息子の胎児期の体験が、彼のその後の人生にどんな影響を与えるかはまだわかりません。ナンと言ってもまだ小学生ですから!!でも、ハイハイしか出来ない赤ちゃんの頃から、同じ年頃の赤ちゃんの涙に敏感だったのは確かです。
ちなみに・・・・母との問題ですが、息子が1才の時にヒプノを受け、その後解決したのでした!


次回はクライアントさんのヒプノでの胎内記憶について書いてみようと思います。





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