ヒプノセラピーとは? ヒプノセラピーに対する期待と誤解 ヒプノセラピーってこんな感じ ヒプノセラピーの効果
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ヒプノチックな話(不思議な話)
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ヒプノチックな話 目次
世界が輝いている!?
正夢・・・Part1
みんなマリア。
私(KEIKO)の過去世![]()
世界が輝いている!?
私が最初にヒプノセラピーを学んだのは米国催眠協会の講師の方からでした。1993年のことです。その時はそれを仕事にしようとは考えておらず、自己催眠によって自分自身をクリアーにしたいという思いからでした。しかし!!根っからズボラな私はなかなか自己催眠をする気になれず・・・・そのまま放っておいてしまったのでした。で、しばらくして今西まゆみ先生のところにクライアントとして通い、ヒプノの凄さをあらためて実感!!それからまたしばらくして、学びなおして仕事にさせて頂こうと決心し、ヒプノセラピスト養成講座に通ったのです。(門脇のり子先生主催の講座)
講座ではモチロン理論も習うわけですが、実践も生徒同士でバンバンやりあうわけです。初めはたどたどしく、恥ずかしさを隠しきれませんでしたが、慣れてくるとこれが気持ちいい!
そして何回目かの講座の日に「あれ??」と思ったのです。朝早くバス停でバスを待つ・・・何気なく周りを見ている。バスに乗り込む・・・何気なく窓の外を見る。電車を待つ・・・電車に乗りこむ・・・道を歩く・・・何気なく周りを見る「んん??なんか輝いてる!!」
そう、見る物全てが輝いている!?何となく微細にキラキラ、チラチラ、と、光の粉を降りかけた様に輝いて見える・・・。公園を通ると、そこにいる親子連れや、木々、池の水面、水鳥、地面に落ちている枯葉さえも細かくキラキラ輝いて見えて、しかも、何故かちょっぴりスローな感じ。なんともいえない心地よさを感じるのです。
その感覚は普段慌しくバタバタと生活しているときには感じにくいのです。当時私の子供はまだ小さく、日常生活はゆっくりとお茶を飲む時間もないような生活でした。でも、講座の日の行き帰りは晴れて一人。そんなゆったりとした時間になると、その感覚が来るのでした。最初は何故その感覚がやってくるのか、全然わかりませんでした。でも、いくら考えても特に理由が見つからないのです、ただ一つ、ヒプノを除いては。そう、ヒプノのせいだ!!
毎週何回かヒプノをするということは、自分の中がどんどんクリアーになっていくわけです。ま、まだまだ拙い生徒同士の誘導ですから、クリアーになるような上手い誘導ができていないとしても、確実に潜在意識とはつながっている訳です。それも、1日に10回程度自然に入っていると言われる何気ない催眠状態ではなく、しっかりと催眠状態に入っているワケです。そのお陰としか思えない!そんなに頻繁にヒプノを受ける経験ってそうないですよね。潜在意識につながるって、そんなに凄いの!?
でも、本当に気持ちいいんです。それだけじゃなく、何となく幸福感が・・・。涙がポロっとこぼれそうになるような幸福感。バスに乗っている人、街を歩いている人、公園の木々、木漏れ日、子供が走る姿、空気さえ・・・・世界が光輝いている。全てが美しく微細にキラキラチラチラ輝きながら、スローな感じに流れている。愛しさも溢れてくる。時間というものも私自身の身体もなくなり、広がっていく感覚。
それから私は、講座の日になると30分ぐらい早く家を出て、先生のお宅のちょっと手前にある公園でその感覚を楽しむようになりました。公園のベンチに座り、目に映る物の美しさを楽しむために。ちょっぴりウルルンとなりながら・・・・。
講座も終了し、その感覚も次第に薄れていきました。でも、たまにその感覚が訪れる時があるのですよ!そんな中の一つをまた今度「みんなマリア」でお話します。
ヒプノっていいな〜〜〜というお話でした。
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まだ20代の頃の話です(って今はイクツ?)。私たち夫婦はアメリカのある都市に住んでいました。その当時、主人は車で通勤していました。会社まで約30〜40分。主人は、私が言うのもナンなんですが、結構運転はうまいほうなのです。朝8時半頃出て行って夜中の2時頃帰ってくるという毎日で、かなり疲れていましたが、車の運転については特に心配はしていませんでした。
ところがある朝、イヤ〜な気分で目覚めました。やけに鮮明に不吉な夢を見たんです。大抵、夢って覚えてないか、またはベッドの中では覚えていても、起き上がって何かをはじめた頃には「あれ?なんだっけ?」って忘れませんか?でも、その日は違ったんです。振り払おうとしてもダメ!その夢が気になっちゃう!それはこんな内容でした。
主人が交通事故に遭う。事故に遭った瞬間のシーンはないのですが、突然「あ〜、主人は交通事故に遭ったんだな・・・」って思うところから始まってるんです。そして、黒塗りの車がお迎えに来る!!そこには黒い服を着た死神が乗っていて(ありがちなイメージ!?)、主人はその車に招き入れられるんです。特に嫌がる風でもなく、主人はその車の中へ。そして、車は走りだし、私から遠ざかっていきます。主人は後部座席に乗り、振りかえって窓から私に向かって手を振る「バイバ〜イ」って。私は「あ〜、パパは死神に連れていかれるんだ・・・・」って諦めにも似たような気持ちで見ているんです。そこで夢は終了。
朝ご飯の支度をしながら心の中は「どうしようかな・・・パパに言おうかな・・・でもな・・・・出掛けに縁起でもない事言って変な暗示を与えてもイケナイしなぁ〜・・・」。そんな風にあれこれ思いながら、もう主人が出掛ける時間になってしまって。玄関まで見送ってそのままいつものように「いってらしゃ〜い」って言うつもりが・・・言えない。
私はなるべく落ち着いて笑顔で主人に頼みました。
「ねね、今日は何となくなんだけど、行く前に祈ってくんない?神様でも、仏様でも、マリア様でもなんでもいいから(お〜、ナンと失礼な!)今日1日お守り下さいって!」
主人は怪訝そうなか顔をしましたが、普段から私が怪しい本(精神世界関連の本)などを読んでいたりしたので、またまたおかしな事言い出したな〜と思いつつも、サッサと済まそうと思ったのでしょう。取り敢えず手を合わせ、「神様、今日1日お守り下さい」と言ってあっけなく出掛けていきました。
さぁ、それからが大変。どうしよう・・どうしよう・・と思いつつも、どうしようもない。で、私は主人が会社に着くであろう時間まで祈る事にしました。主人が無事に会社に着いて、いつものように仕事をはじめるイメージをしながら。そして約1時間。長かった!でも、電話がないところをみると、何もなかったのだろう・・・。よかった〜、ま、ただの夢って事ね。なんて思っていました。つまらない事で朝からドキドキしちゃって損した気分になりながらも、その日1日があっという間に過ぎてしまい・・・・。
深夜、主人が帰ってきました。その時には私は今朝の事なんてすっかり忘れていたのに、主人は開口一番「大変だったんだよ!!」っと・・・
「今朝さ、車が突っ込んできてさ!」
主人によると、後を走っていたタクシーがいきなり突っ込んできたのだそうです。かなりの衝撃だったらしいのですが、相手の車は逃げていったそうです。「ビックリしたよ!あったまに来る!」という主人に「良かったね〜〜〜〜」という私。だって、ちゃんと目の前に立ってるじゃない、2本足で!しかも無傷!
翌朝、車を見てみると、後ろが大きく潰れていました。
これって、どう言う事なんでしょうね。わかりません。わからない事って、あるんですよね〜。終わり。
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人は催眠状態を一日のうちに何度か自然に体験しています。寝起きのボーっとしている時、音楽に聴き入っていて呼ばれても気付かない時、電車の中でどこというわけでもなく一点を見つめてぼんやりとしている時、会社や学校の帰り道に道順も考えてないのに、いつのまにか家にたどり着いてしまった時、お風呂の湯船でゆったりとくつろいでいる時・・・などなど。
そんな状態の時に人は何かを閃いたり、一生懸命考えていた時には出せなかった答えをポンと出せたり、アーティストなどは作品のイメージが湧いたり・・・なんてことが起こったりするのです。なくし物をして一生懸命に探している時には見つからないのに、探すのをやめて、フとした時に「あ!あそこかな?」なんて思い出したりすることってありませんか?
何ででしょうね?催眠状態の時は顕在意識(けんざいいしき)がチョットお休みして、潜在意識(せんざいいしき)がいつもよりずっと浮上しています。意識全体の90%以上を占めるその潜在意識には、生まれてから現在までの全ての情報が記録されていると言われているのです。その膨大な情報から今の自分に必要な何かがポンと飛び出してくるのかもしれませんね。でも・・・もしかしたら、それ以上の何かがあるのかも?
いつも忙しくクルクルと動かしている頭(顕在意識)を休める時、もしかしたら、全てがつながっているという無意識 or 超意識(?)とちょっとだけアクセスできるのかもしれない!?
私の場合、長いドライブの時に、閃いたり、不思議なことが起こったりする事があるのです。単調な道を延々とドライブしている時って、催眠状態に入ったりするのですよ。 あ!ご安心を。私はいつも助手席です。 その中で、皆さんにご紹介しても差し障りのない物を一つご紹介します。
子供たちがまだ幼かった頃のある夏。高原への旅行の時のことです。お天気のいい、美しい一日でした。その日は次の宿泊先への移動日で、私達一家は午前中から車の中。 同じような景色の高原の道を、長い間走りつづけていました。会話も途切れ、私は車の外を、ただ何となく見つめていました。背の低い木、美しい花々、青々とした草、空は澄み渡り、青空に白い雲。風になびく草の様子が、なんだか気持ちよさそう・・・・。そんな様子に私は見惚れていました。
車中はというと、私の大好きなシンガーソングライターの浜田省吾さんの曲、一色!!
特にその日はどういうわけか、子供達が「マリアが聴きたい〜」と言って、『我が心のマリア』(バラード)と『アヴェ・マリア』という曲をエンドレス状態で交互交互に聴きつづけていました。『我が心のマリア』の次は『アヴェ・マリア』次は『我が心・・』『アヴェ・・』『我が・・』・・・・・・。車の中はマリアでいっぱい。
とてもリラックスした、穏やかな時間。とても気持ちのいい状態です。行けども行けども同じような美しい景色が目に入り、耳からは美しい『マリア』がエンドレスで入ってきます。車の振動と、緩やかなカーブに体はお任せ状態。意識はあって、ないような・・・・・。何かを考えているようで、いないような・・・・・。景色を見ていて、見ていないような・・・・・。ボワ〜ンとした感覚。次第に心の中は穏やかな幸福感で満たされていきました。その状態がどれぐらい続いたでしょうか・・・。
ある瞬間、「アレ??」と思いました。周りの景色が、かすかに輝いていることに気がついたのです。木や草、花、なだらかな山などの縁取りあたりが、キラキラと光っているみたい。かすかに、かすかに縁取りが、またたいている・・・・?
そして・・・・・・・・次第に全てがとても鮮明に美しく見え始めたのです。輝きながら、くっきり、はっきり、鮮明に見え始めたのです。物がこんなに鮮明に見えたのは初めての出来事でした。でも、私は微かに驚きながらも、意外に落ち着いてそれらを見つめつづけました。
すると、次の瞬間、心の奥底からハッとしました!
すべての物が生きている!そう感じたのです。大きな岩も、木も、草も、石ころも、土も空も・・・・みんな生きてる、全てが生きている。あらゆる物が美しく生きている。微かに振動して生きている・・・・・。
どんなものにも生命があるという事は、色んな本や何かでよく読んだり聞いたりして、私の中では半ば当然のことになっていましたが、それを今、心から実感している・・・・そんな感じでした。「本当だ・・・・みんな生きてる・・・・」
そして、さらに・・・・・・・!!
「みんなマリアだ!」(マリア様のこと)
その思いがワァーーーーっと湧いてきました。
木も草も花も岩も、山も空も大地も、この車も、私も、子供達も・・・・みんなマリアだ・・・・。全てはつながっている、全ては一つだ、全てが同じだぁ、みんな同じ・・・・。
木は花で、花は岩で、岩は車で、車は私で・・・・そして、みんなマリア・・・・・・。
「みんなマリアだ・・・・!みんな一つ・・・・!」
涙がとめどなく流れてきました。なんとも言葉では言い表せない幸福感でした。
※ おわかりになっていただけたでしょうか? ここでいう「みんなマリア」という意味は、すべての物は一つだという意味です。目の前ではそれぞれの形をとっているけれども、全ての物が一つからなっている。すべての物が尊く、愛しい。 優も劣もなく、美も醜もなく・・・・。そんな感覚でした。もっと大げさに言うと!?
「 私は全て・・・・」そんな感覚でした。
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私が過去世というものを初めて『自分の事』として身近に感じた時のお話です。
今から10〜11年ほど前になるでしょうか。ある方のリーディングを受けた時の事です。その方は、当時私が毎回楽しみに読んでいたスピリチュアル雑誌に連載を載せていらっしゃる先生でした。
その方の文章は、優しさと、穏やかさと、柔らかさ、そして、決してご自分を特別視していない姿勢が感じられるもので、読むたびに心が温かになるものばかりでした。
「この方のお会いしてみたい」 そう思い、東京での個人セッションを受けることになったのです。
そのセッションで、先生はこうおっしゃいました。
「 あなたの今生に一番影響を与えている過去生のお話をしましょう。それは修道女だった時の人生です。あなたは、その人生で厳しく自分を律し、一生を終えたのです。ですから、今生でもあなたは自分にとても厳しいはず。もう少しご自身に優しくしてあげてください。」
それから、こうもおっしゃいました。
「その修道女の時、あなたは今で言うところの『手芸』とでもいうのでしょうか?それがとても上手くて、地域の人にも教えていたのですよ。ですから、あなたは今でも、とても手先が器用なはずです。」
そう言われて、私は、「確かに、私は手先が器用だ・・・・」と思いました。
幼稚園の頃から自分でお人形の服を作り、リンゴの皮は果物ナイフで始めから終わりまで途切れることなく剥いてしまう。小学校の頃は家庭科の時間は大人顔負けの作品を作り、美術は大得意。 大人になると、華道でも書道でも初日から「経験者?」と聞かれ、パッチワークもステンドグラスもすぐに大作を作ってしまう。
家に戻ってから、ジワジワといろんな事を思い出していました。
そして、「間違いない!私は修道女だったにちがいない・・・」と確信をしたのでした。
私は幼稚園生の頃からずっと「誰が見ていなくても、天の神様が見ているから悪い事はしてはならない。」と思っていました。そして、万が一、神様が見ていなくても、この世でたった一人、自分自身が見ている。 だから恥ずかしい行為はしてはならない。と思っていたのです。(両親は一切そういう躾はしていません)
小さい自分が思うのですから、その悪い事・恥ずかしい行為も大した事ではありません。友達をいじめない、なんてもちろんの事ですが、人の物を黙って使わない、順番は守る、嘘はつかない。人を押しのけない。植物も動物も心を持っているから大事にする。悪口は言わない。人に優しくする・・・・。
1円玉を拾っても交番に届ける子でした。幼稚園でも小学校でも 『さようなら』 のご挨拶のあと、みんなが一斉に出口に向って走り出す。でも私は人にぶつかられぶつかられ、後ろへ後ろへとあとずさり・・・いつも最後に教室を出る。そんな子でした。母などに言わせると、なんとも情けない光景・・・だったそうです。
ちなみに我が家は信仰心がまるでない家。仏壇もなく、神や仏と言う言葉が出てくる事は皆無。お盆はおはぎを食べる日で、クリスマスはケーキを囲んで騒ぐ日・・・でした。
また、当時我が家では小動物を飼っていました。金魚、インコ、ひよこ・・・。それらの小動物が亡くなると、私はお庭にお墓を作るのです。そして命日でもなく、お盆でもなく、もちろん暮れでも正月でもなく、何故かクリスマスの夜に母にケーキをカットしてもらい、真っ暗なお墓に供えて ロウソクを立て、たった一人祈るのです。 「この子達が天国で楽しく暮らせますように」 そんな祈りだったように記憶しています。家族のみんなは三角帽子をかぶり、キンキラのレイを首に下げ、料理にケーキにシャンパンに・・・と賑やかに楽しんでいるのにです。それが何年つづいたでしょうか。その家を小学3年のある日引っ越すことになりました。 「この子達にクリスマスの夜、ロウソクを灯して祈ってくれる人がいなくなる」それがとても悲しかったのを覚えています。
小学生の高学年になると、日曜日の早朝テレビにアメリカの牧師さんの礼拝番組を見つけ、親に隠れて日曜日ごとに早起きをし、コッソリと見ていました。今から思うと、何故コッソリと・・・だったのでしょう??せっかくの日曜日に、ゆっくりと寝ていれば良いのに。
ある時、その牧師さんの奥様の誕生日を祝う募金?に、無け無しのお小遣いを送り、小さな小さな鍵(幸福の鍵)が送られてきました。 番組では教会での盛大なお祝いのシーンを放映していました。
それからというもの、その幸福の鍵を見るにつけ小学生なりの疑問を感じ、その番組を見なくなりましたが・・・。
そして極めつけです。
いつの頃からか記憶にありませんが、「修道院のような家を建てたい!」という夢を持っていたのです。まさか、本当に修道院のように大きな建物は建てられるはずもありません。でも、家というと何故かセージグリーンの屋根と、ちょっと茶色がかったグレーのレンガ造りの壁の修道院が浮んでくる。そして、懐かしくて、恋しくて、心が穏やかになる。なんだか落ちついた気持ちになる。あの風景の中に戻りたい・・・・と切望するような想い。
その想いはいい年齢になっても納まらず、本当に家を建てる時に、壁の色をグレーにし、屋根はあのセージグリーン!と探しつづけ・・・でもそんな色の屋根は見つからず、緑色で手を打ちました。
間違いない・・・・!私は修道女だったに違いない!
そう確信しました。
これが私の過去生を自分の事として意識した最初の出来事です。
それからも「あなたの過去生は修道女」と言われ続けました。
沖縄のある先生には「あなたと私は昔、同じ修道院にいたのですよ」とおっしゃっていただき、尊敬するスピリチュアル・カウンセラーの先生には「小さい頃から母親によって修道院に入れられ、そこで人生を全うした。その時、今のお子さんお二人も一緒でした。あなたの妹分だったようです。」と伝えていただきました。
すべて本当だと確信しています。理由はわかりません。
でも、その通りだ!と心の底から湧き上がって来る。だから、私にとっては大切な真実なのです。
(ちなみに、今回の人生ではどの宗教団体にも所属しておりません。)